2、ブルーノ・ホフマンの演奏会
2号機を製作して数年が経った1968年(昭和43年)に、上野の文化会館で来日していたブルーノ・ホフマン(図2)のグラスハープの演奏会が開催されるという情報を聞きつけ、チケットを買って会場に赴いた。
2号機を製作して数年が経った1968年(昭和43年)に、上野の文化会館で来日していたブルーノ・ホフマン(図2)のグラスハープの演奏会が開催されるという情報を聞きつけ、チケットを買って会場に赴いた。
ブルーノ・ホフマン(Bruno Hoffmann、1913–1991)が、当時ドイツ、シュトゥットガルト出身の世界で唯1人のグラスハープ奏者であることは知るよしもなかったが、グラスハープの本格的演奏が生で聞くことが出来るとあっては、見逃すことは出来ない。演奏会は、始め大ホールとの予定だったが、小ホールの会場に変更されていた。グラスハープと言う楽器に馴染みが少なく売れ行きが思わしくなかったためのように思われた。

